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東京高等裁判所 昭和50年(う)1233号 判決

控訴人 検察官

被告人 石川俊雄

弁護人 大隅乙郎

検察官 原弘

主文

原判決を破棄する。

本件を東京北簡易裁判所に差し戻す。

理由

本件控訴の趣意は、検察官岩下肇提出の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

所論は、要するに、本件公訴は、反則者たる被告人が通告書の受領を拒んだため、道路交通法一三〇条二号に従い提起されたものであるのに、原判決が、本件は通告書の受領を拒んだ場合に該当しないから、本件公訴提起の手続はその規定に違反して無効であるとし、刑訴法三三八条四号により本件公訴を棄却したのは、証拠を無視した認定に基き、かつ、明らかに法令の解釈適用を誤り、不法に公訴を棄却したものであるから、同法三七八条二号所定の事由があり、原判決は破棄を免れないというのである。

本件公訴は、「被告人は、昭和四八年一〇月二一日午前一一時〇五分頃東京都北区王子一丁目六番付近道路において、信号機の表示する「止まれ」の信号に従わないで、普通乗用自動車を運転通行したものである。」との事実にかかわるところ、被告人が通告書の受領を拒んだため通告をすることができなかつたとし、道路交通法一三〇条二号に該当するものとして、同条但書により、通告手続を経ず、直ちに提起されたものであることは、一件記録により明らかである。

ところで原判決が本件公訴を棄却した趣意は、およそ道路交通法一三〇条二号にいう通告書の受領を拒んだというためには、たとえ反則者があらかじめ受領を拒否する意向を表明しているような場合であつても、前提として通告書が反則者の面前に現実に提示されることを要するのであり、本件の場合、電話で被告人に対し、通告書を交付するから出頭されたい旨告げられ、口頭で受領を促されただけで、現実に通告書が提示されなかつたのみならず、これに対し、被告人は、もつぱら反則行為をしたことを認めない旨答えただけで、通告書の受領を拒んだ事実もないというものと理解される。

そこで、一件記録を精査して検討するに、交通反則通告書交付嘱託並びに回答書、交通反則通告書、調査結果報告書、司法警察員作成の電話聴取書、被告人の司法警察員調書及び原審第四回公判期日に取調べがなされた証人岩倉春男及び同浦窪善六の供述を総合すると、次の事実を認めることができる。すなわち、被告人は、交通取締中の王子警察署所属の岩倉巡査から、公訴事実に係る信号無視の反則行為をしたとして、告知書の交付を受けたが、当初から右交通違反の事実を否認し、告知書に指定された通告を受けるための日時、場所に出頭せず、かつ反則金相当額の仮納付もしなかつた。そこで警視庁交通反則通告所から被告人に対し、その住所に宛て配達証明郵便により前記反則事実に係る通告書を発送したが、配送の際被告人不在のため配達することができず、取扱い郵便局における留置期間も経過して還付された。次いで、同通告所からの交付方嘱託に基き、被告人住所地所轄の滝野川警察署の担当者浦窪巡査から被告人の勤務先へ電話連絡した結果、被告人と電話による交信がなされたが、その際、同巡査は前記反則行為に係る通告書を受領するため同署へ出頭されたい旨を告げ、これに対し被告人は、「俺は違反をしていない。出頭もできない。通告書も受け取らない。」と答え、そのため同巡査は通告不能として処理し、通告書は前記通告所へ返戻された。その結果、本件公訴が提起されたものである。もつとも、被告人は原審公判廷において、浦窪巡査との電話交信の内容は単に反則事実の認否の問答をしただけである旨供述しているけれども、同巡査の所属する滝野川署が本件に関係したのはただ通告書交付の嘱託を受けたのみであつて、同巡査の職務はもつぱら通告書を被告人に交付する事務で、同巡査の職務上の関心は被告人が通告書を受領するか否かに向けられていた筈であり、反則事実の認否を問うことは同巡査の職務外のことに属するから、前記認定に反する被告人の前記供述の内容はきわめて不自然であつて措信できない。

前認定の事実によると、通告書の交付を担当した浦窪巡査は、被告人に面接することなく電話で交信し、滝野川署に出頭して通告書を受領するよう口頭で促したもので、被告人の面前に通告書が提示されたことはないけれども、これに対し被告人は、反則事実がないことを理由に、通告書を受領する意思がない旨明示の回答をしたものであり、それが真意で受領を拒否する趣旨であることは、被告人が当初の告知書の受領すらも渋つたこと、及び、後に被告人が捜査官に対し、被疑事実につき反則金支払いの意思はなく正式裁判で争いたいとの趣旨を一貫して供述していることに照らしても明瞭である。

かように、電話で通告書の受領を促されたのに対し、受領拒否の態度を明確にしている場合、さらに被告人の面前に通告書を提示して重ねて受領を促さなければ道路交通法一三〇条二号にいう受領を拒んだことにならないと解すべきなんらの根拠もないし、また、同法の反則処理手続において、第一次的な通告方法として、反則者が告知書に指定の日時、場所に出頭して通告書を受領することを予定する同法の規定の趣旨にかんがみ、被告人が右期日に出頭せず、同法施行令に定める配達証明郵便による送付も効を奏しなかつた後、さらに通告書を交付する手段として、住所地所轄の警察署に受領のため出頭するよう求めた点も不当とはいえない。

そして通告を受ける者が、通告書の宛名に人違いがある場合や通告書受領のため不当に過大な費用支弁を余儀なくされる場合等正当な理由がある場合を除き、通告書の受領を拒んだときは、さらに所定の通告手続を経ることなく、道路交通法一三〇条二号及び但書により、直ちに公訴を提起することができるものであり、通告に係る反則行為をしたことがないことは、通告書の受領自体を拒む正当の理由にならないものであつて、このことは手続の性質上明らかである。

そうすると、被告人は正当の理由がなく通告書の受領を拒んだものであり、そのため、道路交通法所定の通告をすることができなかつたとして、通告処理手続を経ることなく直ちに提起された本件公訴は、この点に関する手続上の違法はないし、記録を精査しても他に本件公訴提起を無効とする手続規定の違背は見当たらない。そこで、刑訴法三三八条四号に該るとして本件公訴を棄却した原判決は、道路交通法一三〇条の解釈を誤るとともに前提事実を誤認して不法に公訴を棄却したものというべきであるから、論旨は理由がある。

よつて刑訴法三九七条一項、三七八条二号後段により原判決を破棄し、同法三九八条により本件を原裁判所に差戻すこととして、主文のとおり判決をする。

(裁判長裁判官 寺尾正二 裁判官 渡辺惺 裁判官 田尾健二郎)

検察官岩下肇の控訴趣意

本件公訴事実は、「被告人は、昭和四八年一〇月二一日午前一一時五分ころ、東京都北区王子一丁目六番地付近道路において、信号機の表示する『止れ』の信号に従わないで、普通乗用自動車を運転通行したものである。」というのであり、被告人が道路交通法第一二七条第一項の規定による通告書(以下、通告書という。)の受領を拒んだため、同法第一三〇条第二号に従つて公訴を提起したものであるが、原判決は、本件は、反則者が通告書の受領を拒んだ場合に該当しないから、本件公訴提起は、同法所定の通告の手続を経ていないこととなり、結局、公訴提起手続がその規定に違反しているため無効であるとして、刑事訴訟法第三三八条第四号を適用して本件公訴を棄却したのである。しかし、本件は、まさに通告書の受領を拒否した場合にあたり、本件公訴提起の手続にはなんらの違法も存しないので、原判決は、これを破棄したうえ、原審に差し戻さるべきものである。

以下、その理由を述べる。

一 被告人が通告書の受領を拒んだことは明白であり、その受領を拒否した場合にあたらないとする原判決の判断には誤りがある。

1 被告人に対し、反則者として告知書及び通告書の交付手続がなされた経過は次のとおりであつて、被告人が通告書の受領を拒否したことは明らかである。

すなわち、被告人は、公訴事実記載の日時、場所において、警視庁王子警察署勤務の警察官に、停止信号無視の反則行為を現認され、反則者と認められ告知書の交付を受けたが、当時から犯行を否認し(記録三五丁表ないし三六丁表、七七丁表ないし七八丁表)、告知書に指定された日時・場所に出頭せず、かつ、反則金相当額の仮納付もしなかつた。

そこで、王子警察署長から反則切符の送付を受けた警視庁交通反則通告所通告官が警視総監名義の通告書(警視庁交通反則事件事務処理規程第一〇条、第一二条、第一三条、第一五条、第一六条第一項、第一七条第一項参照)を昭和四八年一一月一六日配達証明郵便で被告人の住居あてに発送したが、被告人不在等のため被告人に送達されず返戻された(記録五六丁表)。そのため、通告官は、同年一二月七日、通告書の交付方を被告人の住居地を管轄する滝野川警察署に嘱託し(記録五五丁表)、同署交通係巡査浦窪善六が、被告人の勤務先(タクシー会社)を介し被告人に連絡したところ、同四九年二月一五日ころ、被告人から同巡査に電話があつたので、同巡査から被告人に対し、本件反則行為の通告書を交付するから出頭してもらいたい旨申し向けて通告書の受領を促したところ、被告人は、「俺は違反をしていない。出頭もしないし、通告書も受け取らない。」と答え(記録八〇丁表ないし八二丁裏)、通告書の受領の意思のないことを明示した。これは正当な理由がないのに通告書の受領を拒んだものと認めるべき行為である。

原判決は、浦窪巡査が通告書を交付するから出頭してほしい旨申し向けたのに対し、被告人はもつぱらその違反はしていない、認められないと答えて電話を終つたものと認定しているが、右認定は被告人の弁解にとらわれ証拠を無視したものである。

2 交通反則通告制度は、道路交通法に違反する行為について、刑事手続による処理を原則としつつ、その特例として、一定範囲の比較的危険性の少ない定型的な行為につき刑事手続に先行して、警視総監または警察本部長の行政的措置(通告)により、反則者に反則金を納付する機会を与え、これに応じて任意に反則金を納付した者は当該行為につき公訴を提起しないこととし、一面反則者の利益を考慮しつつ、しかも多量に発生するこの種事件の簡易迅速な処理を目的として設けられた制度である。右の手続構造から明らかなとおり、反則者は、反則通告制度によつて処理されるか、刑事手続によつて処理されるかを自由に選択する機会が与えられているのであつて、道路交通法第一三〇条第二号にいう通告書等の書面の受領を拒むというのは、反則金を納付しない場合等と同じく、反則通告制度によつて処理されることの利益を放棄する旨の意思表示にほかならないのである。

被告人は、浦窪巡査から電話で、通告書受領のため出頭するよう求められ、出頭もしないし通告書も受領しない旨答えたのであるから、交通反則通告制度によつて処理される利益を放棄し、刑事手続によつて処理されたい旨の意思を表示したものであり、道路交通法第一三〇条第二号に該当する場合であつたと認めるべきである。

従つて、浦窪巡査が、これを通告書の受領拒否と理解したことは正当であり、その結果、滝野川警察署長から交通反則通告所あてに通告書が返戻され、刑事手続に移行させたこともまた至当な処置といわなければならず、この間に、被告人のなんらかの権利が阻害されたと認むべき証左もない。

3 被告人には、交通反則通告制度によつて処理される利益を受けようとする意思が全くなかつたことは、その後の被告人の言動からも十分に認められるところである。

すなわち、被告人は、同四九年五月二八日、警視庁交通処理課に出頭し、本件について取調べを受けた際、「信号無視はしていない。反則金を支払うつもりはない。検察庁で調べてもらつたうえで、正式裁判でやつてもらうつもりである。」と述べ(記録五八丁表三枚目)、更に、同年七月一〇日、東京北区検察庁において取調べを受けた折にも、同様犯行を否認し、「通常裁判で調べてもらいたい。」旨それぞれ供述し(記録五九丁表七枚目)、通常の刑事手続に従つて、裁判を受けたい旨の意思を明確に示しているのである。

二 通告書を反則者に現実に提示して受領を促したのに受領を拒否した場合でなければ刑事手続に移行できないとする原判決の判断は、交通反則通告制度の本来の趣旨を曲解するものであつて不当である。

1 原判決は、通告書は、反則者がこれを受領するとしないとにかかわりなく、反則者に対し、直接かつ現実に提示されなければならないとし、その根拠を、通告書を受領する場合とこれを拒絶する場合とで取扱いを異にしてよい合理的な理由はなく、通告書の提示は受領拒絶についての恣意的認定を抑制する効果とともに、反則者に対し通告内容を正確に知る機会を与える結果となるからであると判示している。

しかしながら、通告書の受領を拒絶する旨の意思をあらかじめ表明している反則者に対しても、なお直接かつ現実に通告書を提示しなければならないと解すべき合理的根拠こそないものというべきである。かような場合にも通告書の提示を要するものとすれば、交通反則通告制度における簡易迅速処理の要請に反することとなるばかりでなく、反則者に対しても煩わしさ以外に、なんらの利益ももたらさず、しかも、悪意の反則者は、郵送された通告書を受送達人不在と称して受取らなかつたり、あるいは、通告書を提示しようとする警察官から逃れるなどの方法で、通告書が提示される機会を回避することによつて、反則通告制度によつて処理されることはもとより、刑事手続によつて審判されることをも免れることができるということとなり、不都合な結果を招くこととなる。

そもそも、通告書を現実に提示しなければならないものとするならば、被告人のように郵送された通告書を受取らなかつたり、通告書受領のため出頭しない場合には、警察官は必ず反則者と面接して、通告書を提示しなければならないこととなり、かくては、反則制度における事件の簡易迅速な処理の趣旨を失わせてしまうことにもなり、極めて不合理といわざるを得ない。原裁判所は、通告手続が通告書の交付を要件とする要式行為であることにとらわれ過ぎて、通告書を現実に提示する必要があると判断したものと思われるが、通告書の交付は、通告手続が適式であるための要件ではあつても、交付ないし提示が受領拒絶の意思確認のための要件となり得ないことはいうまでもないところである。

2 原審は、反則者があらかじめ電話・口頭その他の方法で、通告書の受領を拒否する旨の意思を表示している場合でも、更に通告書を現実に提示してこれを受領するか否かの意思を確認することとしなければ、受領拒否にあたるか否かについて恣意的な判断がなされる危険性があるとしている。しかしながら、通告書を現実に提示する場合と、本件のように電話で事件を告げ通告書の受領を促す場合とでは、実質的にはなんら差異はないと認められるので、現実に通告書が提示された場合に限つて、受領拒否の意思の有無について恣意的認定を抑制しうる効果があるとするのは独断である。電話その他適宜の方法によつて、反則者に通告書を受領する意思のないことが合理的に認定される場合には、更に通告書を直接かつ現実に提示するまでもなく、受領拒否と認定することはいささかも不都合ではなく、むしろ、交通反則通告制度に即した簡易・迅速な処理方法であるというべきである。

道路交通法第一二六条第一項、第一三〇条では、警察官に対し、反則者の「居所又は氏名が明らかでないとき」又は「逃走するおそれがあるとき」についての認定権限を与え、居所又は氏名が明らかでない、あるいは、逃走するおそれがあると認定したときには、直ちに刑事手続に移行できることとしていることを併せ考えれば、警察官は、適宜の方法で反則者に通告書を受領する意思があるか否かを確認することができるものと解しても、その確認の手段・方法が合理的なものである限り、なんら異とするにあたらない。

3 原審は、通告書を提示することによつて、反則者に対し通告内容を正確に知る機会を与えることになるとしているが、右の判示は、通告書を現実に閲覧させてその内容を了知させなければならないというのか、単に、閲覧し得る機会を与えれば足りるとするのか必ずしも明確ではないが、もし前者を要求するものとすれば、不可能を強いるものであり、後者だとすれば現実に通告書の提示が必要であるとする論拠としては合理性に乏しく無意味というほかない。

ところで、反則者に対し、通告内容を正確に知る機会を与えるために現実の提示が必要であるというのであれば、反則行為に関する処理手続においては、通告書の交付に先行して、告知書が交付されており、反則者は告知書によつて、反則行為となるべき事実、反則行為の種別、反則金相当額はもとより、反則通告制度の概要を知ることができ(道路交通法施行令第四六条、同法施行規則第四〇条)、当該反則行為の種別の変更等の特段の事情がない限り、通告書記載の反則行為となるべき事実、反則行為の種別、反則金の額等は告知書記載のそれと同一であり、本件はまさにその場合であつたのであるから、被告人は自己の反則行為となるべき事実、反則行為の種別、反則金の額等については既に承知していたものと認められるので、更に通告書を現実に提示したうえで受領の意思の有無を確認しなければならない実益は全くなく、まして、本件にあつては、被告人は浦窪巡査からの電話によつて通告書の受領を促され、これを拒み刑事手続によつて審判を受ける旨の意思を表示していたのであるから、いよいよ通告書を現実に提示しなければならぬ必要性は認められないのであり、また、提示しなかつたとしても、被告人の権利保護にいささかも欠けるところはないのである。

以上論証したとおり、本件は、いかなる観点からみても、まさに道路交通法第一三〇条第二号にいう反則者が通告書の受領を拒んだため通告することができなかつた場合に該当し、従つて、原判決が反則者に対し、通告書を直接かつ現実に提示して受領を促したのに、受領を拒んだ場合でなければ、右法条にいう受領拒否にはあたらないと認定したのは、明らかに法令の解釈適用を誤つたものであり、本件公訴提起の手続にはなんらの違法も存しないのに、原判決は不法に公訴を棄却したものであるから、到底破棄を免れないものと確信する。

よつて、刑事訴訟法第三九七条第一項、同第三七八条第二号に従い、原判決を破棄したうえ、同法第三九八条によつて原裁判所に差し戻されたく、本件控訴に及んだ次第である。

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